いけがみを召喚するには、出現予定を参考にしてください。三週間前までにメールをくだされば、日程を追加するなどしてスケジュールに組み込むことができるかもしれません。勉強会や個人的な会合、中途採用面接などに応じます。
なんか、言い出しっぺ独りで張り切ってるだけの感じになってしまっているような HAMA.jp 2009。にもかかわらず、20 人も参加表明してくださってありがとう。きっと全国 3 名の匿名ヲチャーも来てくれると信じてます。支えてくださった Haskell-JP メイリングリストの皆様には御礼申し上げる。
希望は人を欺き易きものぞ。今年の盛夏、鎌倉に遊びて居ること僅かに二日、思へらく此秋こそは爰に来りて、よろづの秋の悲しきを味ひ得んと。図らざりき身事忙促として、空しく中秋の好時節を紅塵万丈の裡に過さんとは。然れども秋は鎌倉に限るにあらず、人間到るところに詩界の秋あり。欺き易き希望を駕御するの道は、斯にこそあれ。
[『秋窓雑記』北村 透谷 - 青空文庫より - 初出:「女學雜誌 三三〇號」女學雜誌社、1892(明治25)年10月22日より引用]
イベント言い出しっぺの私が、突如降ってきた進路選択面談と、数学会とか応用数理学会とか、スケジュールかぶっていてやばいんじゃないの的なのは、まさに残り穴一つの黒ひげなのかもしれません。が、ポジティブに考えれば、刺さなければいいわけで。
Haskell とかで遊んで楽しむ代わりに、あの件もこの件も不問!
と、いうことにすれば、少なくとも、あんな人やそんな人達は安堵することでしょう。ぼくも少しは大人になったということです。ぼくも、余計な資料やその裏付けを提出しないので、心も痛みません。ぼくをいじめた人達は、まちがいなく老年期に鬱になるね。だから、ぼくはなにもしなくていいんだ。
ぼくの居ない間に、居室のプリンターがなくなっていました。何の断りもなく。いいですよ、別に。
ぼくの居ない間に、棚の上のものが床に下ろされていました。何の断りもなく。目障りでしたか。
「詫び」の境地。すみませんでした。本当にすみません。謝って済むのなら、この頭をいくらでも下げましょう。
下げた頭をスパンと切って落とすのなら、残った足で蹴っ飛ばしてやろうじゃないか。僕の Somatic nervous system が顔の後ろについていると考えているのなら、それは大きな勘違いなので注意するように。僕は、大人になりましたが、同時に橋にもなりました。
私は橋だった。(後略) --- 「橋」in 『カフカ短篇集』 池内 紀編訳
私は橋にもなった。世界の掛け橋になりたいと、子供の頃から思っていたからだ。そんな甘い夢はすぐに私には無理だとわかった。しかし、数学と工学の橋を架けることはできた。単に先人の発明したあれとこれを、ちょっとひねってつないだらつながった。幸運と悲運はコインの裏表のようなものである。
橋を架けた後は、橋になることが仕事になった。橋になった。誰もがここからあちらへ渡らんと欲するときに、私の背を踏んだ。春に踏まれたときは、かえって心地の良いものだった。冬に踏まれたときは、罅が走った。
罅と罅がつながるのは、ひねってつなぐよりもあっさりと鮮やかに一瞬にして行われた。いくつもの破片となって、谷底に落ちた。そのとき、共に落ちていったものが何か、あまりにも突然の出来事だったので何もわからなかった。
冬が終わると、また春がくる。破片からできあがったものは、しょせん屑鉄だ。夏になっても、もう橋にはならない。秋が来たら、「欺き易き希望を駕御するの道」を駆け抜ける一匹の駿馬になる。そのとき、もちろん私の脊髄は首筋にしなやかに長く伸びていることになるだろう。
わたしを踏むのではなく、わたしを必要とする人々と、ともに歩むことに決めました。先決順です。
後述:カフカが59円とは時代が違うんじゃないか?昭和初期?
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